KIZUNAのフォトコン応募、ありがとうございました。「誕生秘話」と「小史」 
チャリティーローズ・KIZUNAのフォトコンにたくさんの方が応募してくださり感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました♪
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審査は、ロザリアンさんがみなさまのベストを選び・・・
森さんが絞り込み、最終的には、ドミニク・マサド氏が決定するそうです♪
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NIKON D200 60mm MICRO

発表は、クリスマスイブを予定しているそうですのでお待ちくださいませ♪
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NIKON D5000 40mm MICRO

今日は、フランスのリヨン市で開催される「東北震災の復興展」に展示される・・・
(リヨン市、フランスオールドローズ協会、在リヨン日本領事館、在リヨン日本人会および
NPO日仏チャリティーローズ絆の方々が力をあわせて取り組んでいるそうです。)
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NIKON D200 60mm MICRO

「絆の誕生秘話」・・・   by ドミニク・マサド氏  と
「絆の薔薇の小史」・・・  by ロザリアンさん(名本氏)  をご紹介します。
是非、読んでいって下さいね~♪
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NIKON D5000 40mm MICRO


絆の誕生秘話

私は天気のいい2002年の4月のある日に生まれた。
正確な誕生日は4月28日。その日、ドミニクはポニーの毛でできた刷毛をとりだし、
前日にわたしの父である、‘Jocelyne Salavert’ のおしべから採取してあった花粉を、
母である、‘Versigny’の 桂頭につけた。

わたしの母(がたくさん咲く)の温室の中で、南の太陽と十分な散水によって、
19粒の兄弟たちと9月20日まで大きくなっていった。
そのあと、わたしたちの実は繊細に熟していった、我々の発芽に不可欠な春化処理のために濡れた紙に
包まれ、寒いところにおかれた。

わたしたちには種の内側をやぶる発芽のための力しか残されていなかった。
そして、数日で子葉をつけた。ただひとつ悲しい事に、
わたしたちの兄弟のなかで、6つだけしか、ここまでたどり着けなかった。
他の兄弟たちは発芽する力がなかった。
わたしたちは識別されるために、番号をつけられた。
わたしの番号は20-065-05だった。

日に日に,配慮ある世話のおかげで、大きくなり、枝や葉が成長し、
もうすぐ一番花が咲くくらいになった。
Allauch(地名 マルセイユの近く)の庭で育てられた数年間の後、
2009年の6月、おそらくわたしはドミニクに満足をあたえることができたため、
ドミニクはわたしの穂木用の小枝を採取して、増殖のためにジャンピエールに送った。

2009年、私は前の番号より、美しく感じるJolandaという名前を一応授けられたが、
まだ決定的ではなく、さらにいくつかの見本として、増殖された。
アンジェの近くのドゥエ ラ フォンテーヌのバラ園の畑で、私は栽培の価値があるかどうか見るために、
すべてのわたしの葉が試験された。私は厳しい試験に合格して、他のバラとともに、命名の名誉を獲得した。

2011年8月、他のバラたちと、わたしは自分の畑の心地よい中で、美しい朝を迎えたそのとき、
ジャンピエールとドミニクは、とても遠くから来たと思われる訪問者を連れてきた。
それは2011年3月の大震災の被害者のためのバラを探しに来た日本人だった。
他のライバルのバラたちとともに、私は見られ、観察され、触られ、香りをかがれ、写真をとられた。
その場で選ぶことが大変難しかったので、決定には数週間待たなければいけなかった。
そのために、いくつかのインターネットでのフランスと日本の間にやりとりがなされた。

稀にみる強い花の香りとたくさんのサーモンの花びらを持つ多彩さで選ばれた。
わたしの名前は KIZUNA です。

                           by ドミニク マサド
                               森美保訳

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NIKON D300 SIGMA 150-500mm


絆の薔薇の小史

KIZUNA(絆)誕生までのバラの小史。

中世までのヨーロッパのバラは野生種のロサ・カニナや園芸品種のガリカ、アルバ、ダマスク
そしてセンティフォリアといった一季咲きのごく少数の品種のバラしかありませんでした。

18世紀になると世界交易が盛んになりアジアの産物や植物がヨーロッパにもたらされます。
植物ハンター達は競って各地のバラを集めてヨーロッパへ送りました。

フランスのナポレオンの妃ジョセフィーヌは特にバラを好みマルメゾンに多くのバラを収集し
バラの管理者が交配を進めるのを援助しました。

19世紀中ごろからバラの品種は多様になりチャイナ、ブルボン、ポートランド、モス、
ハイブリッドパーペチュアル、ポリアンサとたくさんの美しいバラの系統が増えてゆきます。

それらの交配に当たって重要なアジアからのバラは中国原産のロサ・シネンシス、
日本原産のノイバラ、ハマナス、テリハノイバラでした。
ロサ・シネンシスはバラに四季咲き性をもたらし、やがてモダンローズの第1号となるラ フランスが
リヨンのギョーによって1867年に作り出されます。
ハマナスは耐寒性にすぐれ強香のバラの先祖となりました。
テリハノイバラはつるバラやランブラーの重要な親です。

日本のノイバラからはギョーの手によりパケレットというバラが作出されました。
このバラは1本の花茎にたくさんの花をつけます。
そのためこの品種はポリアンサ(多くの花)と呼ばれました。1873年のことです。
パケレットには子供が出来なかったのですが、
1880年交配の妹のミニョネットは5000種を超える多くのバラを残します。
ミニョネットの子孫はやがてフロリバンダという四季咲きで中輪の房咲きのバラを生み出しました。

バラのKIZUNA(絆)はこのフロリバンダの一種です。
2012年にドミニク マサド氏によって発表されたこのバラのルーツを主に母系統でたどって見ましょう。

KIZUNA→Versigny →Graham Thomas →Iceberg (floribunda, Kordes 1958)→
Robin Hood (hybrid musk, Pemberton 1927)→
Miss Edith Cavell (polyantha, De Ruiter, 1917) →
Orleans Rose →Madame Norbert Levavasseur →
Gloire des Polyantha →Mignonette (polyantha, Guillot, 1880) →R.multiflora

19世紀半ばに日本からフランスに渡ったノイバラが10代を経てKIZUNAとなって日本へ帰ってきました。
KIZUNAの作出者のドミニク マサド氏はギョーの一族で
ミニョネットの作出者ギョー フィスの玄孫にあたります。

時代と場所を超えバラの絆が脈々とつながっているのです。

by 名本久臣

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NIKON D200 宙玉レンズ

KIZUNAちゃまは、丁寧に受粉され生き残り、長い年月をかけて育てられ
選び抜かれて日本にやってきてくれたんですね~!!
2002年に受粉されみなさまのおうちで花咲くまでになんと10年!!
そして、19世紀半ばに日本からフランスに渡ったノイバラが
10代を経てKIZUNAちゃまとなって日本へ帰ってきてくれたんですね~。
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NIKON D5000 40mm MICRO

今回のフォトコンを通じて、みなさまの下ですくすくと育ち綺麗に咲いたKIZUNAちゃまを見る事ができるのは
ドミニクさんも森さんも名本さんもとっても嬉しかったと思います。 
名本さんからも感動され感謝のメールが届いております。
ご参加、ありがとうございました。
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SONY DSC-HX100V



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by kurocya-inu | 2012-12-17 09:27 | 絆 ・ KIZUNA
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